工場の三交代勤務で、年収300万円。 家賃1.5万円のボロアパートで、お湯も出ない生活をしていた20代前半。
僕の周りには、少ない給料やバイト代をはたいて、20万円もする高級時計を買ったり、数万円のブランドジャケットを羽織ったりする友人が何人もいました。
正直に言えば、羨ましかったです。 でも、僕が羨ましかったのは「その時計」でも「その服」でもありませんでした。
1. 「外見のメッキ」では、自分の価値は変わらない
当時の僕は、古着屋のワゴンセールで見つけた数百円の服や、アウトレットの型落ち品ばかりを着ていました。
「ブランド品で身を固めれば、自分に自信が持てるかもしれない」 そう思ったこともあります。でも、ふと鏡を見た時に気づいてしまったんです。
「いくら外見を高級品で飾っても、中身が『お湯なしアパート』で絶望している僕のままなら、それはただのメッキでしかない」
見栄のために高い買い物をしても、その瞬間だけ心は満たされるかもしれないけれど、翌日にはまた冷たい水で顔を洗う現実に引き戻される。 自分という人間の「価値」自体が変わらなければ、どんなに高い服を着ても意味がない。そう痛感したんです。
2. モノより「経験」という無形の資産へ
だから僕は、見栄を張るための買い物を一切やめました。 その代わりに、節約して浮いたお金を、「美味しいごはん」や「旅行」に投じました。
- 中古の服を着ていても、知らない土地を歩き、その土地の空気を吸う。
- 1円単位の節約をしていても、たまに背伸びをして本物の料理を味わう。
「好きなものにお金をかけられる余裕」を、僕は見栄ではなく、自分の「経験値」を上げるために使いたかった。 知らない世界を見ること、美味しいものを食べて感動すること。これらは誰にも奪われない、自分だけの「血肉」になります。
3. 「何にお金を使うか」が、その人の人生を決める
ブランド時計を買った友人を否定するつもりはありません。 でも、僕は「自分にとって何が本当の豊かさか」を、あの過酷な環境で必死に考えました。
- 見栄(モノ): 他人の目線を気にするための支出。
- 経験(コト): 自分の人生の解像度を上げるための投資。
この時、中古の服を着ながら日本中を旅し、美味しいものを食べた経験は、今の僕の「投資哲学」の土台になっています。 「資産(株や現金)」を積み上げるのも大事。でも、それ以上に「人生を彩る経験」に賢くお金を使える男になりたい。
読者のパパたちへ
「周りが持っているから」という理由で、大切なお金を消費していませんか? もし今、あなたが中古の服を着て、誰かを羨んでいるなら、そのエネルギーを「自分の経験」や「未来への投資(種銭)」に変えてみてください。
10年後、ブランド品を買い漁っていた同僚よりも、自由な時間と、豊かな経験、そして積み上がった資産を持つあなたの方が、何倍もかっこいい大人になっているはずです。


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